1987年11月3日、当時Cantanteの一人だったAquiko在学の自由学院短期大学学祭に出演したのがConjunto Domesticoの初ステージだった。
記録の詳細はこちらに譲るとして、写真類をここにまとめておく。

<1987年~88年最初期メンバー>

Alberto 藤下 (Cantan, Coro)
Aquiko (Cantan, Coro)
丹羽 (Conga, Coro)
バンコ横井 (Bongo)
小幡 (Timb)
水谷ヨシロー (Piano)
吉岡 (Bajo)
若原 (G)

初ステージではホーンセクションの正式メンバが不在で、トラで春日井カントリーJOの長谷川氏・田中氏に参加いただいた。翌月1987年12月の茶店人形では、Tp松野氏がメンバとして参加、長谷川氏のトラと合わせてTp2本。ただし、その松野氏も1988年2月の茶店人形2回目では不参加となった。

初ライブに先立つ夏、岐阜県某所の廃工場にて実施したリハ写真

1987年11月3日 自由学院短期大学学園祭時の写真

<1989年>

3月のスクラッチライブ時
アルベルト(Cantan, Coro, Kb)
アキコ(Cantan, Coro)
丹羽(Conga, Coro)
バンコ横井(Bongo)
小幡(Timb)
水谷ヨシロー(Piano)
吉岡(Bajo)
お姉ちゃんホーンズ:
小松(tp)
冨田香理(A-sax)
与語かおり(T-sax)

お姉ちゃんホーンズの参加はこのライブ一回切り。同年11月のHyde結婚披露パーティでは再びホーン不在の上、Bajo吉岡も不参加のため、Orquesta A La Genteのホーンセクション+スーサン陶山Bajoで演奏している。ただし、同年12月2日一部メンバでLelolai倶楽部永田氏の結婚披露パーティでの演奏実施時には吉岡の姿が残っている。

<1990年11月>

21世紀倶楽部という一風変わった団体のパーティにてロックバンドと共演している。
ホーンなし。Bajo吉岡の最後のステージと思われる。

アルベルト/光原(Cantan, Coro)
真紀(Kb, Coro)
丹羽(Conga, Coro)
バンコ横井(Bongo)
小幡(Timb)
水谷ヨシロー(Piano)
吉岡(Bajo)

この後吉岡が参加しなくなったこともあって、1993年ごろまでConjunto Domestico冬の時代が到来するのだった。
冬の時代。この間Conjunto DomesticoとしてのLiveは(多分)行っていない。わずかにPiano水谷ヨシローの手伝いで今池祭りやピアノ教室の発表会を手伝ったのみ。Bajo吉岡の脱退が一番こたえた。この間もさまざまな人が、Conjunto Domesticoを通過していった。